ダメダメ女mimiの戯れ言
ダメ母親のくだらない日記
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愛猫との永遠の別れ

先日、愛猫が亡くなりました。

引っ越す前、猫を2匹飼っていたわけですが、
引っ越したあと、新しい住居がペット不可ということで
実家で飼ってもらっておりました。

飼えたとしてもずっと家に帰れないこともありますし、
何より娘の面倒すら細かく見られていないのではないかという
母の指摘により(留守番をさせたり、不規則な生活が影響したりなど)、
娘も実家で生活をしているわけなのですが……。

そんなこんなで、夫と別居をするのをきっかけに、猫を実家に預けておりました。
数日前。

この預かってもらっている2匹の猫のうち、1匹が亡くなりました。

亡くなったのは「みあ」といって、とってもおてんばな元気っ娘。

足の骨を折っても元気いっぱい飛び回ってしまうような強者で、
言わば殺しても死なないようなやんちゃ娘だっただけに、
電話でその知らせを受けても実感が湧きません。

ただ、拾ったときもそんな風に元気だったのですが、
病院で診てもらったらすでに生死が危ない状態という、
おてんばを通り越して
「アンタ、死にそうなんだからもっと自覚しなさい!」
というような子だったので、
当人(当猫?)は直前まで天に召されるとは思っていなかったかもしれません。

一方、先住のあーちゃんという猫はとても賢く、
人間の言うことが全部わかっているかもしれない、という感じの娘だったので、
あとから来たとんでも娘の存在は、疎ましかったのだろうなと思います。

ですから、あーちゃんとしては複雑だろうな、と勝手に想像しています。
お姉さんとして悲しんでいるのかな、
それともどこか肩の荷が降りたような感じでホッとしているのかな……。
実際、どう思っていたかわかりませんが、
少なくともずっと一緒にいた存在が失われたことは理解しているでしょう。

ところで、この報せは、猫たちと一緒に生活している娘から受けました。

最初にもらった電話は仕事で出ることができなかったので、
翌日、もう一度電話をもらったときに聞きました。

電話越しなので正確にはわかりませんが、
娘は悲しいというよりは寂しいという気持ちの方が強いように感じました。

まだ「死」ということが正しくわかっていないのか、
それとも実家にたくさんの猫がいるということで少し鈍感になっているの……。

私はきちんと最期を看取りたいと思ってしまうタイプなので、
この状況はとても不本意ですが、環境が、状況がそれを許さなかったので、
これはこれで仕方がないなと納得しています。
生き物を飼うということは必ず別れや死があるはずですから。

そして、それは人間も同じことだと思っています。

別れや死を悲しむことは人間の感情として当たり前だと思いますが、
巡り会ったことまで否定したくありません。
別れや死も含めて、相手と出会った、ということなのだと思いますから。

もちろん彼女のことを考えてしまうと泣きそうな部分も持ち合わせていますので、
そこはきちんと思い出に変わるまでそっとしておこうかなと思っています。

最後にもう少し彼女と話がしたかったな、など、いろいろ思うことはありますが、
とにかく彼女と出会えたことには心から感謝したいと思います。

そして、彼女が幸せだったと思ってくれていたなら、なおうれしいですね。

でも、もしかしたら、みあは自分が亡くなったことに気づかず、
どこかで元気よく飛び回っているかもしれません。

またどこかで出会えたらいいなと思っています。

そのときにもっといろいろ話をしたいです。彼女と。
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2009/08/20(木) 06:39:52 | | by (#) [ 編集]

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